岬めぐりになっております。

昨日の夕方からえっちらおっちらと移動を始め、日本最東端に着きました!正確に言うと本土最東端ですね。ちなみに日本最東端は南鳥島。

今回の目的地は納沙布岬と決めて、ぶらり旅のスタートです。

では、行程順に。

札幌から納沙布岬までは約440キロ。
昨年訪れた日本最北端、稚内の宗谷岬よりも長距離ドライブです。

一日半で充実した旅を作りましょう。

今日は全国的に天気は大荒れのようですが、雨も降っていません。

根室半島の付け根辺りで、カーナビを拡大表示してみると、気になる所がいくつも映し出されます。

パッと目に入ってきたのが、アイシン岬。
まずはここに寄り道をしようと国道からそれました。

イメージ 1

これがアイシン岬。

地図で確認してもどこから入って行けるのかが分からず、写真とは反対側にも行ってみました。

ずっと続いている小道を見つけたので、「これだ!」と思い進んでいくと、、、

民家!

小学生くらいの男の子が外にいたので岬はどこから行くのか訪ねると、家から家族皆様が外に。

岬への行き方を教えて欲しい事を伝えると、皆様笑顔になり「アイカップ岬ですか?」と。


私はアイシン岬だと思い込んでいたのですが、よく聞いていると違う岬の事を説明してくれているのに気が付き、アイシン岬は一般人は行けないこと、愛冠岬が隣の岬で名所だと知り、愛冠岬に行くことにしました。

愛冠岬に着くと、駐車場から林道が延びています。
林道途中には博物館があり、非常に多くの地域の動植物の展示がされていました。

イメージ 2


林道を歩いていると、キタキツネとエゾシカが迎えてくれました。

イメージ 3

イメージ 4


イメージ 5


愛冠岬は『できそうもない困難を乗り越え愛の栄冠を得る』との思いで名づけられました。原名はアイヌ語でアイ・カップ(矢の上のもの)の意で、矢の届かないところから『できない、届かない』という意味も持っているそうです。

次は涙岬

イメージ 6


涙岬には以下のような言い伝えがあります。

【涙岬(乙女の涙)・立岩の物語】
 涙岬、立岩を訪れると、この地の古老の話が思い出されるのである。昔、鰊(ニシン)漁が華やかなりし頃、厚岸の若者と霧多布の網元の娘が恋に落ちた物語である。ある嵐の日、厚岸から船で霧多布へ向かう時、ここまで来て座礁し、若者は海の底へ消えてしまった。それを知った娘は、この断崖に立って泣きながら、声をかぎりに若者の名前を呼び続けていたと云う。今でも、この岬を訪れると断崖に悲しい娘の顔を見ることがきる。又、立岩を訪れると、愛する娘の悲しい叫びに向かって一歩一歩、岸にたどりつこうとする若者の姿を想わせるものがある。嵐の夜には、娘の悲しい咽で泣きと、若者の恋こがれて叫ぶ声が風と共に聞えてくると云う


涙岬から立岩も望むことが出来ます。

イメージ 7


さてここから納沙布岬岬に向けて進みました。
しかし、よくキツネを見かけます。

イメージ 8


移動距離が400キロ以上あるので、ナビで表示される、あと何キロというのが100キロを切ると、ついにご近所に入ったぞという気分。

そして、ついに到達しました。

イメージ 9


納沙布岬!!

日本で民間人が行くことの出来る最東端です!

北方領土の事があるので、そこも含めたら最東端とは言えないのかも知れませんが、まあ、政治的な事はここではなし。

それから灯台。
北海道最初の灯台のようです。

イメージ 10


宗谷岬もそうでしたが、日本の端に来ると、色々な事を考えさせられます。

海外からの芸術をして生活していますが、日本の知りたいことがまだまだ沢山あります。