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ある話をみました。
震災以降、アンパンマーチの歌で涙を流す人が多いそうです。


そこで、私もyoutubeで聴いてみました。
フルバージョンです

http://www.youtube.com/watch?v=BUGh-7Y5kZA


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アンパンのマーチ   作詞 やなせたかし 作曲 三木たかし

そうだ! 嬉しいんだ 生きる喜び
たとえ 胸の傷が 痛んでも

何のために生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ!
今を生きることで 熱いこころ燃える
だから君は行くんだ 微笑んで

そうだ! 嬉しいんだ 生きる喜び
たとえ 胸の傷が 痛んでも。

ああ アンパンマン 優しい君は
行け 皆の夢守る為

何が君の幸せ 何をして喜ぶ
わからないまま終わる そんなのは嫌だ!

忘れないで夢を こぼさないで涙
だから 君は飛ぶんだ どこまでも
 
そうだ!恐れないで みんなの為に
愛と 勇気だけが 友達さ

ああ アンパンマン 優しい君は
行け! みんなの夢 守る為

時は早く過ぎる 光る星は消える
だから 君は行くんだ 微笑んで

そうだ! 嬉しいんだ 生きる喜び
たとえ どんな敵が 相手でも

ああ アンパンマン 優しい君は
行け! みんなの夢 守る為
* * * * * * * * * * * * * * *


聴き始めの導入部で涙があふれてきました。
男なのに情けないと思いながらも・・。

震災のほかにも、さまざまな苦難を経験した人もこの歌詞には共感するようです。
2-3年前までは当たり前のように聴いていた歌ですが、久しぶりに聴いたらこんな自分になっていることに驚きました。

自分の心境的なブログですね・・。ごく一部の分かる人にしか分からない内容ですみません。
今はとても元気です!

作詞をした経緯はかなり深いもものがあるのだといううわさ話は前々から聴いていますが、本当に深いと思いました。作詞家の歌詞に込めた気持ちがひしひしと伝わってくる気がしました。

また、大人っぽい歌い方ではないところがさらに引き立てていると思います。

今日は休みでのんびりとぶらぶらとショッピングモールで映画でも観ようと思いました。しかし、見たいと思う映画がなかったので、そういえば裁判所が近くにあると思いだし行ってみました。裁判を傍聴した記録の本などを読んでいたので、実際に刑事裁判というものを見てみようと。


イメージ 1



水戸地方裁判所です。

入り口を入ってみると、今日行われている裁判の一覧を張り出してあります。ここは地裁・簡裁・家裁がありますが、地裁の裁判はどれも判決のみ。「強姦未遂」「覚せい剤取締法違反」と罪名が並んでいますがこの2つだけ。
簡裁の一覧を見ると、「窃盗」が2件ありました。しかも新件です。

午後1時半からの裁判を見ようと決めて傍聴しました。


裁判所は生活しているとなかなか関わらないところで、入りにくいのかなと思いますが、なんてことはない、誰でも見ることが出来るのですね。公開にしてきちんと裁いていますということなのだと思いますが。

傍聴席はわずか20席ほど。
しかも病院の待合ロビーみたいに長椅子です。

田舎だからなのか簡裁だからなのか分かりませんが、傍聴人は私だけでした。

開始時間になると、傍聴席の扉が開き誰が入ってくるのかと思ったら、被告人が入ってきました。手錠と腰縄をしてあり、2人の刑務官が両脇を固めています。
入り口に近いところに座っていたので、この被告人入場は私にとっては衝撃でしたね。

だけど、被告人はそこらへんで犬の散歩でもしていそうな優しそうな顔つきなんです。
一体、この人がどんなことをしたのかなと思いながら被告人が座るところを見てました。

一同が席に着くと、裁判官が入ってきました。黒い法衣をまとっています。これには、どんな色にも染まらず裁くという意味があるそうです。

裁判官が入ってくると、書記官が
「全員起立」

といいます。傍聴人も起立して礼をしなければなりません。
しかし、「着席」とは言いませんでしたね。


まずはじめに、裁判官によって被告人の氏名などの本人確認から始まりました。

氏名は・・・。
住所は・・・・不定で無職。
いわゆるホームレスです。
本籍は東京ということでした。

そのあと、検察官が起訴状を読み上げます。

「平成23年11月つくば市のサン●スで窃盗を行い、店長によって現認され取り押さえられた。店主は厳罰を望んでいる」

といった内容でした。
いわゆる万引きですね。

起訴状を読み上げた後に裁判官が質問

「この事実を認めますか?」
「はい、確かです。」

素直に自分の行ったことを認めています。

この被告人、昭和23年生まれですから、60歳を越えています。いい大人が、と思うのですが事件の内容が次の被告人の弁護士による質問と、検察官の質問などから明らかになっていきます。


裁判官が促して弁護人の質問です。尋問です。

「あなたはごみのついた袋を2つ持って、店内に入った。そして、棚にあったまぐろの缶詰を上着のポケットに入れて店外に出たんですね。」
「はい。」

缶詰ですよ。

検察官が読み上げていましたが、盗んだものは缶詰1個だったんです。被害額は358円。
358円ですよ。

あとで、弁護人の話によって分かるのですが、この窃盗によって2か月間拘置されているのですこの人。

だけど、疑問が湧きました。なぜ、缶詰なんだろう。
簡単に開けられる缶詰なのかな。

尋問によると、3-4日何も食べてなくて盗ってしまったそうです。


被告人は、中学を卒業してから、カレー店や塗装業の仕事をしていた。しかし、32-33歳くらいからホームレスになったということです。

弁護人の作戦は、被告人に反省しているという態度を取らせて情状を望むというものでしたが、弁護人の質問はまるで検察官のようでした。

「おなかが空いててもやってはいけないでしょう。なんでそんなことするんですか?」
「やってはいけないと思いましたが・・・」

「お店の人に迷惑がかかると思わなかったんですか?」
「どうしてもおなかが空いていたので。」

なんとも言い難いやり取りですね。
そして今後のことも聞いていきます。

「今後はどうするつもりですか?」
「きちんと仕事をやりたいと思います。」

「2度とやらないと誓いますか?」
「はい。」

素直で、反省しているんだな。だけど60過ぎて仕事を探すのは大変だろうなと思いました。
しかし、次の検察官からの尋問ですごいことが分かります。

「あなたは前歴4回ありますよね」

え!被告人は初犯ではなかった。
もう癖になっているということなのでしょうかね。

さらに検察官の質問が続きます。

「ホームレスを15年以上していて仕事は出来るんですか?」
「はい」

う~ん。現実的にはどうなんでしょうか。

「どんなことを?」
「以前やっていた、ペンキの仕事でも」

就労の意欲はアピールしています。
いろいろと注意をする形で検察官の質問は終わりました。

最後に裁判官からの質問です。

身寄りの有無について聞かれていましたが、独身で両親も兄弟もいないという答え。

次に私も気になっていたことを聞いてくれました。

「あなた、都内でホームレスだったんだよね。新宿で。なんでつくば市でこんなことをしたの?」

そうそう、都内のホームレスがなぜ茨城で窃盗をしたのかは、私も起訴状を聞いたときに疑問に思いました。

すると被告人、

「歩いてみようと思いまして」

なんと、新宿からつくばまで歩いて来たそうです。でも、なんで、と思いましたね。都内のほうが食にはありつける気がしますが・・。

あと、裁判官の質問で「ん?」と思ったこと。

「新宿の仲間にでも仕事を紹介してもらえないの?」

なんだか、この質問変ですよね。
被告人は、15年以上ホームレスで新宿にいたことは明らかになっています。

その仲間って・・・
ホームレスじゃないの?


簡裁なので、一回のみで結審し、求刑が行われました。
求刑は「罰金20万円」

非常に考えさせられる求刑ですね。

懲役にしたら被告人の就労意欲は削がれるだろうし。

だけど、ホームレスで仕事もないのに、どうやって罰金を払うんだろう。
検察官は、更生させることを検討している(具体的にはなんらかのプログラムみたいのかな)と言っていました。
次回が判決とのことでした。


悪いことをしているので当然なのですが、切なさも感じましたね。

世界同時多発テロからもう10年が経つんですね。そして、東日本大震災からは半年。

時が経つのは早いものです。

アメリカ同時多発テロが発生した時はまだ学生で、当時の様子を目の当たりにしていました。

規模は小さいですが、私が滞在していたボルチモアにも世界貿易センターがあるので、市内は厳戒体制が敷かれていました。そこで初めて経験した外出禁止令。

そのため、自宅で報道番組を観ていましたが、学校の情報が入ってこなかったので、午後になってから2ブロック離れたキャンパスまで歩いて行きました。普段はうるさいくらい賑やかな街は誰も歩いておらず車も走っていない。いるのは緊急車両のみ。異様な光景でした。


そんなこんなで学校に行ってみると2時限目までは行われましたが、その後は休校。


いつも過ごしていたカフェテリアでは、テレビに学生が鈴なりのように集まり報道を観ていました。
数人の学生は、彼らの親戚や友人がビルにいるらしく泣いていました。

今でもあの光景は脳裏に焼き付いています。

その後、2002年にチャリティコンサートを行いましたが主催をしてくれたのはニューヨーク大学を中心とした有志。


事前の打ち合わせの時には世界貿易センターの現場を見に行きましたが、破壊された範囲が広かったです。

スタッフが話してくれた内容ですが、ニューヨーク大学の寮が世界貿易センターと目と鼻の先にあるそうですが、ビルの上からバラバラと墜ちていくのが見えていたそうです。


10年という年月が経ち、風化させてはいけないと個人的に思うのであえて触れていますが、人間は極限状態に陥ると何十階という高さでも自分は大丈夫なのではないかと錯覚することがあるらしいです。


この様な事件や災害を目の当たりにすると、命の尊さを痛感します。


普通に生活をしていることがいかに幸せなことか。


10年前に自分が体験した事を少しだけ振り返ってみました。


さあて、ギターの研究研究!

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