今年は、公私共に本当に色々な事がありました。

年末の作曲家・ギタリストの佐藤弘和さんの悲報。
お通夜・告別式では、本当に多くの方に囲まれ旅立っていかれました。

あまりのショックで、年末という気が未だにしません。
ここ数日、2009年のカザルスホールでの「佐藤弘和作品展」のDVDを観たり、東京ギターカルテットのCDを聴いたり、佐藤さんの作品を一つずつ弾いたりしています。

告別式の日の夜は、門下が主催してくれる忘年会がありました。
正直のところ、私は、忘年会に行く精神状態にはなかったところでした。

告別式からの帰りの首都高速や常磐道。
交通量は多くて、賑やかな街中なはずなのに無機質にしか見えませんでした。

気がついたら、お通夜振る舞いで少し食べ物を頂いてから、何も食べていなかったので帰りの常磐道守谷サービスエリアで食事を摂ることにしました。
何度も前を向いて先に進まなければと思いましたが、食事をしながらでも涙が自然とこぼれ落ち、そんなことがここ数日続いたままです。

告別式直後はそんな状況でしたが、門下が主催してくれた忘年会には参加することにしました。
「すみ先生を囲む会」と題して、生徒さんたちや友人が楽しみにして催してくれている音楽忘年会。
これに参加しなかったら、生徒さんたちや共演者・関係者を大事にしていた佐藤さんは悲しむだろうなと思ったからです。

病魔と闘いながら最後まで音楽をし続けた佐藤さん。
悲しいからという理由で参加しなかったら、佐藤さんから「何のためにカルテットで一緒だったのかな?」と言われてしまいそう。

その忘年会は、楽器をやっている人は何か披露するというのが慣習になっています。
私は、佐藤さんの「クリスマスの歌」と「素朴な歌」を弾きました。

今、自宅では櫻井RFギターで佐藤さんの作品を弾いています。
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この楽器は、東京ギターカルテットのために作られた楽器で、4人が同じ楽器を使っていました。
その楽器で弾いているのですが、カルテットのサウンドが瞬時にして思い出されます。

棺に皆でお花を手向ける時、小関さんが「青空の向こうに」を演奏しました。

私は25日にA.R.C.でコンサートをやりましたが、そこに来てくださった生徒さんが絵葉書を送って来て下さいました。告別式のことは見ていないその生徒さんが選んでいた絵葉書が「綺麗な青空」の絵葉書。

一連の出来事を知らない段階でコンサートを聴いて、「私の演奏が今までで一番悲しく聴こえていた」と仰っていただき、また、絵葉書が「青空」の絵だったことから、グッと込み上げてくるものがありました。

話があちこちに飛びますが、23日に「クリスマスの歌」を弾いていたときに感じた、右隣に佐藤さんがいる感覚。その後、作品を弾いていても同じ感覚はないので、あの時・・・旅立つ前に会いにいらっしゃったのだなと感じています。

今年は、本当に多くの素晴らしい方々と共演させていただきました。
音楽をするのは人。
教えることも演奏することも全てが「人対人」。
そのことを考えると、楽器の違い、ジャンルの違いなどに捉われることなく、積極的に互いの素晴らしさを引き出しながら向き合っていくことが、私たちに出来る前進なのだなと思います。
そして、もちろん、ギターの「個」が持つ魅力をさらに引き上げることも。

共演をしていただいた皆様とまた是非共演出来ることを願って新年を迎えていきたいと思います。
そして、新しく出会うアーティストとも思い切り音楽をやっていきたいと思います。

どうぞ皆様に、良い新年が来ますように。