静岡の旅の2日目から各所巡りましたが、大瀬の神池の後に宿に戻り朝食。
そして、その後すぐに出発。

西山本門寺に行きました。
このお寺に行ってみたいと思ったのは7~8年前。ようやく実現することが出来ました。

ここの見所は、「織田信長公の首塚」。
富士宮市の山の中にあります。

まずは入り口。
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黒門という門です。
門をくぐると、木に覆われた参道が伸びているのがまた幻想的にも見えてしまいます。
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黒門の前には上のような看板も出ていました。

真っ直ぐ伸びている参道。
ところどころある石段も見るからに古そうな石段です。
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静けさに囲まれた参道で人っ子一人いません。
出店も一つもありません。

ところどころに、アジサイが咲いていました。
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地図で確認したら、黒門から本堂まで約700メートルくらいの参道だということが分かりました。
当時、信長の首と父・原篤胤、兄孫・原清安の首を持って西山本門寺にたどり着いた原志摩守宗安は、どのような気持ちでこの参道を通って行ったのでしょうか。

参道の途中にはいくつかの坊がありました。
それらを横目に見ながらさらに進むと、境内が見えてきます。
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お堂は、かなり大規模なものでした。
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写真で確認が出来ますが、このお寺には賽銭箱がありませんでした。
参拝客向けのお寺ではないのかもしれません。

境内の左側には、梵鐘があります。
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中央には、大銀杏が2本並んでいました。
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お参りを済ませたら、本堂裏にある信長公の首塚へ。
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見るのが、なんとなく怖い気もしました。
なにせ、あの織田信長ですからね。

そして、首塚に。
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実際にその場に行って、首塚を目にすると、思っていたよりも明るい気がしました。
首を納め、信長公の怨念が出てこないように柊(ひいらぎ)の苗を植えたと言われています。
その柊の木の大きいこと。。

案内板に書いてあるように、天皇家とも関係があり、信長の法号も記してあるということは、やはり、これが本物だという証なのかもしれません。

推測するに、本能寺お変後、支配を強めていった秀吉にとっては、実権を握ることが重要で、その後の信長の行方についてはあまり関知しなかったのではないか。あるいは知っていてもわざわざ騒ぎ立てるようなことはしなかったのではないかと思います。

革新的なことを行っていった信長公。
時代は常に流れているということを実感させられた気がしました。

700メートル程の参道、広い境内、そして重要な史跡。
ここにいる間、誰ともすれ違うこともなく、私のみだった空間、のんびりと散策を楽しみました。
歴史ファンにとっては必見の西山本門寺です!!

西山本門寺のあとは富士宮市内に戻り、富士山本宮浅間大社へ。
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ここは全国各地にある浅間神社の総本社。

富士山の湧水も出ています。
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夏越大祓式が30日に行われるというので、私も大祓いをしてもらうことにしました。
今年前半のけがれを祓うというもの。

これは、是非やっておかないと~~。

この後に、この浅間大社を訪れた目的の一つ。
富士見石を探しました。

社内を探しても見つからず、人に尋ねたところ、敷地の外にあるということが分かりました。
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織田信長が甲斐に遠征に来た際、駿河の国を廻っていったのですが、この石に座って富士山を眺めたと言われている石です。

順番的には西山本門寺の前にこれを見るのが先だと思うのですが、そこは愛嬌ということで^^

織田信長巡り・・・

信長ゆかりの史跡をたずねて
http://blogs.yahoo.co.jp/kcsumi/52760610.html
信長ゆかりの史跡をたずねて 2
http://blogs.yahoo.co.jp/kcsumi/52760931.html?type=folderlist

以前は、上記リンクのようなところも巡りました。
まだまだ、色々なテーマを考えて各所訪れてみたいです。

さて・・・
昼食ですが、富士宮と言えば、これ!!
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富士宮やきそば。

塩味とソース味の両方を食べられるハーフ&ハーフ。

富士山の湧水も飲みながらの「富士宮やきそば」
とても美味しかったです!!

次の記事は・・・
「身延山久遠寺編」です。